日々想うことを、つづります。
 
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8月

72年前の1945年8月6日、朝、戦争はまだ終わっていなかったけれど、夏の暑い一日は始まろうとしていて、子供たちは学校や軍需工場等のそれぞれの場所へ、母親は幼子を背に台所仕事、お父さんも職場や工場、あるいは戦に行っていたかもしれない。戦時下ではあっても人々は懸命にその日を生きようとしていたはず。

そこに大きなきのこ雲に似た人類史上初めて使われた原子爆弾が落とされた。一瞬にして人も街も破壊された。街は焼き尽くされ、河は遺体がひしめき合い、子供を抱いた母親は真っ黒になって立ったまま死んでいく。

そして8月9日、長崎にも同じ核兵器が使われ、この町もまた一瞬にして命も街も、日々の暮らしも奪われてしまつた。人類史上初めて使用された原子爆弾、核兵器。跡形もなく破壊された街に立ちつくし、茫然と涙しつつ8月15日に戦争は終わった。

その後も世界のあちこちで戦いや争いは絶えることなく繰り返されている。その犠牲となるのは子供たちや女性たち。負の連鎖は憎悪を募らせ、恨みを増し、復讐を喚起させる。そしてまた争いや戦いが起きる。連鎖を止める手段はあるのだろうか。

 

8月は様々な記念日に囲まれて、戦争や、核兵器や、差別や、人種、そして平和ということについて、否応なく向かい合わねばならない月である。日本は唯一の被爆国なのだが、核兵器廃絶に関しての署名を行っていない。核保有国と非核保有国の双方が入ってこなければ意味がないからという。ほんとうに? 真っ先に核廃絶に賛成する署名をどこの国よりも早くしなければならないのが、核廃絶の声をあげなければならないのが我が国、日本ではないのか。

 

最近、広島の原爆ドームや資料館をぉとづれる外国人(アメリカ人も含めて)が増えているそうだ。オバマ前大統領が訪問したことも影響しているのかもしれないが、広島、長崎を知ることは戦争の愚かさや悲惨さ、そして何よりも戦争が何も生み出さない不毛なものであることが解るはずである。

 

日本国憲法第9条 1日本国民は正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する。とされていて、これに伴って、戦力は保持しない、国の交戦権はこれを認めない。とされている。今私たちが成すべきことは、現憲法を改正するのではなく、世界のすべての国が同じ条文を有する国になるよう、強く強く働きかけ続けることではなかろうか。それが唯一の被爆国国民の姿勢だと思う。

 

 

【2017.08.07 Monday 17:01】 author : 長谷川 淺美
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